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もちゅろぐ

お辞儀して顔上げたらおっさんになっていた子どもが大人を目指します。

頭では思っていても体が動かない奴を必ず動かす方法

私だ。世の中に私がたくさんいる!‥はず

 

頭では現状に不満を抱いており、その一つの最適解を知っている。しかし

  • 他にもっといい方法があるのでは?
  • とりあえず解を出したから安心だ
  • 続きは明日やろう
  • まだ時期が悪い

考えれば腐るほど出てくる。

 

出来ない理由より出来る方法を考える。

これも頭では分かっているし、考えてもいる。

しかし、体を動かすとなると途端にやる気がなくなる。

いや、なくなるというか後回ししてしまう。

 

なぜか後回しにしてしまう? 安定してるから。

何が?  メンタルが。

 

確かに現状に不満や不安を抱いてはいる。

しかし、実際に行動するとなると慣れないことによるストレスや不安

想定どおりに行かない面倒さと比べると

まだまだ現状の安定のほうが勝っているのだ。

そんな奴が動くわけがない。

そう、私だ。 哀れである。

 

こんな奴が行動に移すには「気づくか、ケツを蹴ってもらう」しかない。

 

気づく

  • ホームレスを見て
  • ハゲ散らかって苦労しているおっさんを見て
  • 躾のなっていない子供を見て

読者の年齢によってどれに感じるかはバラバラだけど

「あーはなりたくない」

「あんな子に育てたくない」

何らかの出来事を見て一度は感じたことがあるのでは?

 

では、ちょっと頭を使って想像して欲しい。

現状の生活が10年後も同じ事を想像してみる...なんとも悲しい人生だと思う。

自分を年齢を+10と考えて、今の考えや生活を見てみる。不安すぎて鳥肌立つ。

年齢とともに老化も進み、基礎代謝が低下し、食欲が減少、体力も必要最低限まで落ち込み、動けていたのに動けない。朝起きたらアキレス腱が硬い。

自分は待ってくれるが、自分の体は待ってはくれない。

では、ちょっと振り返ってみよう。

10年前の自分が、10年後どのような人物になっているか考えたことはないだろうか?

10年という歳月を経ていながら、大人になったと自信を持って言えることを並べてみよう。

何も変わっていないことに絶望する。

そう、私だ。気づかなかったら、なりたくないと拒絶している未来が君を待っている。

 

ケツを蹴ってもらう

誰かにケツでも蹴ってもらおう、どうせ自分じゃ動けないんだ、誰かに手伝ってもらうしかない。

環境が変われば、人もかわる。

腐るほど使われたフレーズだが…事実。

 

しかしここで大事なのが一つ。

あなたにそんなゴミ屑な自分を変えようとしてくれる友達や恋人はいるか?

性格が出来た人ならいるかもしれないが、そもそも出来た人はケツを蹴ってもらう必要がない。

ケツを蹴ってくれる人は、恩を渡した友人や、好意を伝えた恋人、そしてしかいない。

 

私は場合は、5年間何も変わってないことに絶望し、変える決意を固め目標を固めて、牛歩ながらも歩いている。

そして、丸太でおもいっきりケツを蹴ってもらった。

子供ができたのだ。